雑感/台風の思い出 〜不要な外出は控えましょう〜

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2016.9 エッセイ

どうも、acsekitoriです。

正午ごろ、我が家近辺も暴風が強まりました。大阪府全域に朝から大雨洪水暴風警報が発令中ですので、学校も休みですね。ついさっき、避難準備情報も出ました。このような時は決して遊びにでかけたり、ましてや登山は控えなくてはいけません。たとえ、以前から楽しみに計画して難しい有給休暇を取得できていたとしても、です。

何を当たり前のことを、と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、人間の欲と、自分にだけは災難は降りかからないと思う気持ちは誰にでも有ると思います。大自然はそんな小さな小さな人間の煩悩など、1発で打ち砕きます。自然に逆らってはなりません。それを私は、不自然と呼んで侮蔑しています。

これから述べることは実際に経験した事です。自然災害には被害に遭われる方が必ず発生しますので、それらの方にお見舞いの気持ちを持ち、決して冷やかしではなく今後災害から身を守る上で少しでも役に立てば、との思いで認めます。

それは、2001年の9月10日の夜でした。15年前とは言え既に台風の進路予想はかなり進んでいましたので、当然本州を襲うであろう事は判っていたのですが、どうしても当時住んでいた兵庫の自宅から東京の得意先である新聞社の本社編集部へ行かなければならなかったのです。

新雑誌の創刊にあたり、毎月6ページほどの重伝建紀行文連載を依頼されて、その最終打ち合わせがあったのです。そんな業務内容はどうでも良いのですが、とにかく怪しい雲行きの中をキャンカーで出かけました。新幹線は高いし、現地での宿泊手段の経費と予約がネックでした。今と変わらず当時も金は無いけど暇は有る状態でしたので、打ち合わせの二日前に出発して、R1を台風に追いかけられるように走って上京したのです。

大阪府京都府滋賀県三重県〜愛知県と、途中で一泊して旅気分も満喫して順調に東上しましたが、静岡県に入った辺りから渋滞が激しくなってきました。東名高速に規制がかかり出したのです。静岡のR1と言えば、高速並みの快走バイパス。しかしそれが仇となって、いったん動かなくなると脇道へ逃げられないのです。

キャンカーのメリットで、トイレもありますし水や非常食の類はたっぷり積んであります。それが無くても二日や三日食べなくても水さえあれば何の苦労もなく生き抜く自信はあるのですが、風が怖い。富士市の道の駅富士で20時を回り強風域に突入したので、宿泊する事にしました。

それから朝までが地獄の始まりでした。当時はスマホなど当然なく、ガラケーの小さな画面か小さなノートPCでクソ重たいネットを繋ぎ情報を得たのですが、東名だけでなく遂にR1まで道の駅を挟むように前後で通行止めになりました。

つまり、陸の孤島状態。進む事も戻る事もできません。それだけなら登山の経験で、立山雷鳥沢で一週間台風三連発をテントの中でやり過ごしたり、後立山・五龍岳の遠見尾根で豪雪に合い、同じく一週間雪洞の中で晴れ待ちを何度もした経験から何とも思いません。しかし、その時乗っていたのはキャブコン(トラック改造型キャンピングカー)。重心が極めて高く、横風に弱いのです。

これは恐怖でした。一晩中、震度5くらいの揺れがずっと続いています。外は暴風雨。大型トラックに囲まれていますので、倒れたところで打ち身か悪くて骨折くらいだろうと予測はしていましたが、いつ倒れるか分からない住居の中で一晩過ごすのは実に気色悪いもんです。

もちろん、怪我をしても最悪の結果になっても、早めにホテルなり避難所を確保しなかった自分の責任です。この時はなんとか倒されずに済みましたが、翌日は台風一過で晴れわたったもののR1は道路損壊で通行止めのまま。東名だけ開通したのですが、規制もあり交通が集中したのでIC入り口で5時間、乗ってから東京に着いたのが打ち合わせの1時間ほど前でさらに5時間の10時間かかった事になります。

仕事は何とか滑り込みセーフでしたが、なんとも反省点の多い、綱渡りの仕事でした。やはり台風をなめてかかるとおおごとになりますね。完全に蛇足ですが、その打ち合わせの最中に9.11同時多発テロが起こり、編集局が大騒ぎになったのを鮮明に覚えています。

2001.9の備忘録