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過去の闘病記/網膜剥離 〜視野狭窄は突然に〜

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2016.10.18 闘病記

どうも、acsekitoriです。

3年前の夏、網膜剥離を患いました。それ以来、いくらガラが悪いと言われようがサングラスは頼もしき相棒です。私の拙文を毎度ご覧いただいている皆様は人生の先輩方も多いと思われますので、転ばぬ先の杖として。いやあ、がんの治療中に他の病気自慢もアレですがね。

 

その日は10日ほど前から業務で但馬地方に滞在しており、けっこう忙しかったんですわ。2日前の夜から持病の飛蚊症が酷くなり、なんとなく嫌な感じでした。

で、当日。朝5時過ぎに目を醒ますと、右目の下、右隅に黒いビー玉のような欠けが二つあり、明らかに視野が狭窄しています。これはヤバイ。直ぐにその市の公立病院の夜間受付に電話すると、網膜剥離っぽいがまず開業医で診断してもらい、別の眼科公立病院へ行くような指示。

8時30分まで車内で待ち、早々に診てもらうとほぼ確定でした。ドクター曰く、ここまでの運転は今さらジロー(古っ!)だが、公立病院まではできるだけ衝撃をかけないよう、スローに運転しなさいとの事。合点承知して、取り敢えずオペの気配がプンプンしてたので宿を引き払いました。

で、1時間程かけて運転し、眼科に特化した地域拠点病院へ。幸いな事にその病院のオペ長で腕の立つドクター診察でした。やはり、緊急手術決定との確定診断。

 

「せんせ、できたら大阪に帰って優しい妻に看取られながら・・・じゃなくて見守られながらオペを受けたいんですが」

「なにを言うてるうさぎさん!まだ端の方の剥離やけど、網膜中心部まで進んだら失明ですよ?」

「やっぱり?がっくし」

 

実は、元妻の実家が眼科医療機器の代理店をしていて手伝っていた時期があり、資格取得したりして眼科医療には大いに詳しかったんです。もう必要無いので頭のハードディスクから消去しましたが。

そんなこんなでメーカーは違いますが自分が触っていたクライオと云ふ冷凍凝固装置のプローブ(先端が細くなっている極低温伝達機械)を、目ん玉にブスッと突き刺される事に相成りました。

 

医学的には微妙に違いますが解りやすくかいつまんで説明しますね。

眼球の構造は一眼レフカメラそのもので、まず角膜というフィルターを通った光の像が水晶体というレンズで調整され、網膜というフィルム(今ならローパスフィルターやCCDですね)で正立して結像されます。その電気信号が視神系を通じて脳の視野部分に認識されてやっとこさ世界の美人を拝める仕組みですわ。

網膜剥離の治療法には大きく分けて二つあり、一つは私が受けた眼球の角膜横からプローブを差し込み、直接患部を冷凍凝固する方法。これだと硝子体というゼラチン物質がジャマをしますので別の超音波破壊装置で破壊吸引しなければなりません。すると、当然目ん玉はしぼみますから、水晶体も歪んでしまうため、それも破壊せねばなりません。一度破壊した水晶体は元には戻りませんから、術後に人工レンズを挿入して対処します。これでお気付きの方もいらっしゃるでしょう。そう、それは白内障手術も兼ねているんです。

もう一方の術式は、水晶体や硝子体を破壊せずに眼球の裏側を経由して間接的に癒着させる方法。これのメリットは破壊部分が少ないので、術後の回復が良好な点。しかし裏があり、再剥離の発生確率が高くなるのがデメリット。

 

ドクター曰く、

「acsekiさんも50なんやからボチボチ白内障になる年頃やしそっちにしたら?」

「そうですなあ、一挙両得やしね。で、重大な後遺障害の発生確率は?」

「それは極めて低いけど、濁ってたレンズを片目だけ新品にするから、色目の認識が今までと変わるかも。フォトグラファーにとっては大きいことかもしれんな」

「う〜ん。しかし、元々反対の左目は強度乱視であまり使ってないし、混じるのでは無く一方的に新しくなるならだいじょぶでしょ〜。ニコンのプロ機は色温度調整も優秀ですし。それよりファインダーを覗く右目は商売道具なんで、そっちが再剥離したらえらいこっちゃ。直接法で頼んますわ」

 

ってなわけでございまして、俎上の鯉となった私。今回は局麻なんで総て理解の上議事進行します。痛いのは最初の麻酔だけなんですが、目ん玉に機械を挿入されてグリグリされるのが詳細に認識できます。その快感ったら。変態ですな、私。

でも、それまでの10日間は休みなく猛烈に働いていて疲れていたのと、真上から術球に煌々と照らされている余りの眩しさに、いつしか深い眠りに落ちていました。

 

「終わりましたよ、acsekiさん」

この上なくフェザーなタッチで私の小さな掌を握ってくれていたオペナースちゃんに起こされました。

「ああ、もう終わり?早いなあ」

「いや、早くないし」

ドクター曰く、

「目ん玉掻き回されてイビキかいたん、acsekiさんが初めてですわ」

「やった〜、初登頂や」

 

と、訳のわからんやり取りで笑っていたのも束の間。ここからが地獄の始まりでした。既に眼帯と包帯でぐるぐる巻きにされ、何故かうつ伏せのベッド上で術後説明を受けました。

 

「オペは無事成功。でもね、今は硝子体の代わりをするゼリーみたいなシリコンの圧力が弱いから、ガスを入れてるんですわ。ガスは軽いから頭を上げたら眼球の上を押すでしょ?だから、点眼の時以外は下を向いて患部を押していないと、接着力が弱くて再剥離しやすくなるんですよ」

「メシんときも?オシッコも?」

「そう。でもね、これは強制やないんですわ。実際、お年寄りは首の筋力が弱いから、直ぐに無理になります。1週後に再手術なんてザラですよ。まあ、頑張るんはacsekiさん本人の努力ですから」

「で、いつまで?」

「標準的には12日間くらいやね。無理なら途中でやめてもいいですよ」

 

なに〜、ワイを試そうっちゅうんか。よし、やったろやないか。と、天下無双の負けず嫌いな私の性格を見事に利用された動揺を努めて隠しながら、下向き生活が始まりました。常日頃から小銭が落ちてないか下ばかり見てますし、内気でネガティヴな私ですが何とかなるやろ、たかがうつ伏せくらい。

ところが、これは辛い。苦行そのものです。大腸を半分切られても癒着を防ぐために翌朝から根性で歩き回りましたが、これはそんな積極的努力と違い、極めて地味な忍耐なんです。聞いてた通りに直ぐに首の後ろが痛み出しましたが、やり通しましたよ、12日間。この時ほど山で鍛えていて良かったと思った事はありません。誰が来ても、ず〜〜〜〜っと下を向いたまま。一生分は謝ったでしょう、エラいスンマヘン!

 

努力の甲斐あり、退院時には何の問題も生じていませんでした。原因の詳細は不明ですが、喧嘩をしたわけでもなければどタマを強打してもいません。強いて言えば、網膜にごく微小な穿孔があり、それが経年の浸水で浮いてきたのではないかとの見解。その穴は、ひょっとしたら生まれつきかもしれないらしいです。

仕事のドタキャンや、初めて1人で遠出をして駆け付けた妻の不安など、関係各方面に迷惑をかけましたが、私の所為やない。と開き直れるのが私の長所です。

 

皆さんも少しでも心身に異変を感じたら、直ぐに受診して対処してくださいね。早期発見・早期治療こそが、結局楽ですから。病気が見つかるのが怖いから病院には行かないなんて、本末転倒愚の骨頂。後になるほど治療や入院が長くなるし、何十倍もお金もかかりますよ〜〜。

2013.8月の思い出