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雑感/愛妻2 〜認知判断操作。左よし、右後方よし、発進!〜

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2016.10.27 エッセイ

どうも、acsekitoriです。

妻には幼い頃からてんかんの持病があり、障がい者認定も受けていますので運転免許を取得する事ができません。私と出会うまではほとんど四輪に乗った事も無く、二輪は初体験でした。

そんな妻が助手席でナビゲートしてくれると、こちらは気付かなかった視点から現在の交通状況を憂いてくれます。今の対向車の右折は、危なくないの?とか、あのクルマの人、歩行者がいるのに曲がった、などです。

私はたいがいクレーマーですし、安全運転には留意しているつもりですが、なかなかそこまで運転中に他人の行動を監視できません。妻は非免許所持者だからこそ、子供のような弱者の立場から道路交通を見分できるのだと思います。

 

そういう妻は、生い立ちがそうさせたのでしょうが、極めて慎重です。脚の腱にも可動域障がいがあり、強度遠視も影響して暗い中ではほとんど足下が見えず、段差やうねりなどで非常に怖い思いをしています。ましてや、直前をクルマが横切ろうもんなら死ぬ思いをするみたいです。私が側にいる時は良いのですが、四六時中同じ行動をする訳にもまいりません。

人間誰しも、健康なうちは自分が弱者の気持ちになるのは難しいものです。私もかつてはそうだったでしょう。しかし、世の中には様々な病気や障がい、怪我などで苦しんでいる方々がおられます。

自分だけは病気には罹らない。自分には事故は無縁。そういう慢心にこそ、逆に事故や病魔は忍び寄るのかもしれません。

 

タンデムの良さ 

話変わって、妻はバイクの後ろに乗るのが大好きなようです。風を切る感覚、これは今までの人生には無かった快感のようで、疲れが溜まって塞ぎがちの時もバイクで連れ出してやると帰る頃には笑顔が弾けます。私との一体感も嬉しいようです。それを背中で痛感できる私も嬉しい。

幼い頃、親から虐待を受けてろくに旅行にも行った事が無かった妻。前の結婚生活でも同様でした。その彼女に、私は精一杯背伸びして日本全国の素晴らしき景観や風習を観せて体感させて周っています。

 

あまりに一緒に行動し、このまま溶け合って2人の体が融合し、新しい1人になるのでは?と思わせるほど私たちは一体化しています。しかし、それでは彼女に副作用の苦しみや死への恐怖を分け与えてしまいます。

彼女にはこれ以上の痛みや苦しみは要りません。神様も、それをわかった上で私と引き合わせてくれたのでしょう。

痛みや苦しみは、全て私が引き受けます。どうか、どうか彼女には今までの不幸を消し去るほどの楽しみを与えてやって下さい。そのために私は全力で杖になります。

 

痛いのは私だけで充分ですから。

2016.10.27

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