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雑感/夢 〜見るべきか、叶えるべきか〜

闘病記 雑記/エッセイ

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2016.11.22 エッセイ/入院5日目

どうも、acsekitoriです。

最近、夢を見るのがたまらなく楽しい。なにもあと50年生きてやろうとか、金が貯まったらマッターホルンに登ってやろうとかの憧れみたいな儚い夢ではありません。寝付いたあとの、本当の夢が楽しくてしょうがないんです。

うなされるような悪夢を見る事は皆無で、時折摩訶不思議な星新一ワールドのような夢も見ますが、殆どはめっちゃ愉快痛快な夢です。

自分の置かれている状況を鑑みるとそれどころでは無いはずなんですがね。

思うに、私は追い込まれた時に、逃避の機制が人一倍働くのではないでしょうか。これ以上深刻に状況を直視すると、オツムがやられる。その気配を脳そのものが察知すると、すかさず脳内物質のドーパミンやらアドレナリンやらが過剰分泌されて、天にも登った気持ちにコントロールされる。

痛みにも強いかもしれません。採血のとき、チクっとしますよ、と優しいナースちゃんが一々声掛けしてくれますが、その針先に視線を集中して念を送ると、不思議と少しも痛くないのですよ。感じないくらい。よそ見してる時にブスッとやられると、非常に痛いのに。

バイクでコケたり岩から落ちたりしましたが、その時も直後に出る体内モルヒネの量が多いのか、救急車が来たりベッドの上に横たわるまでは痛みません。その分、反動は大きいですがね。

 

このように自らをマインドコントロールすることが心理学的、もしくは宗教的に危ない事態なのかどうかは私には判りません。しかし、少なくとも人様に迷惑はかけていませんし、夢から醒めたらいつもの冷徹非情な自分がいます。

なんにせよ寝てる間は至極幸せですし、起きたあとも現実の厳しさに打ちひしがれて落ち込むこともまったくありませんので、私としてはスピルバーグ級の娯楽映画の監督とカメラマンと観客を同時に味わえてラッキ〜、くらいにしか捉えていません。

 

もうがんの治療も10年目に入りました。それはまあ、様々な同室者の方とご一緒させていただきましたが、やはり不安に思われる方が多数を占めます。他人事のように述べていますが、不安から取り乱したとしても無理も無いでしょう。いくら医学が進歩していても、まだまだがんは難病。遺された家族や仕事を思い、恐らく終末期に訪れるであろう激痛に対しての恐怖。

それらを真剣に日夜考えてしまうと、がん鬱やワガママになっても誰も責めることはできないでしょう。

私だって、今でこそ精神をコントロールして穏やかな悟りの境地に佇んでいますが、いつどうなってもおかしくはありません。しかしその人事不省がやってきた時に悔いを残さぬよう、いま幸せな夢を自らが見せてくれているのかもしれません。いや、自らと云うのはあまりにおこがましい。もっと強大なエネルギーが私を生かしてくれているのでしょう。

これ以上書き連ねると怪しい布教家になってしまいますので止めますが、私は色々な事象や大自然、そしてその中に存在する総ての生きとし生けるものに感謝し尊敬して日々を過ごしています。

何事にも否定的な、哀しい人生はまっぴらですので。

 

夜も更けてきましたね。吐き気も幾分マシになってきたことやし、今夜は能登牛の溶岩焼きをたらふく食べる夢でも見て、明日はその夢をオカズに白メシでも食いましょうか。煩悩バンザイ!なんて安上がりなんや!

2016.11.22