雑感/強制矯正 〜女性による掘削式給水設備側方会議の一考察〜

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2017.2.22 エッセイ

どうも、acsekitoriことシバク・ドワレです。

それは長女が小学校の三年生、長男が二年生の音楽発表会の中盤に起きました。それまで耐え難きを耐え、忍び難きを忍びに忍んでいた私の堪忍袋の緒が遂にブチ切れたのは。

詳細は忘れましたが、オープニングから一曲目は確か四年生だったと思います。そのオープニングから既に始まっていたんですよ、最後列に陣取ったペチャクチャが。まだスマホも存在せず、ガラケーの動画では著しく画質が悪かった時代の話です。ビデオカメラを構えて大人しく機械操作をしている人はごく少数でした。

 

合唱が終わり、合奏になると楽器の音量で幾分マシにはなりますが、それでも耳触りに違いはありません。やがて長男の演目が終わり、他の学年へ。この辺りでも、まだ私のジャケットの裾を引っ張って、止めとけ抑えろとサインを送る当時の妻。そう、我が子供たちの母親のストッパーにより私は耐えました。

が、プログラムが進行して場の緊張感が取れたのか、長女の演目が終わる頃にはそのスズメたちの、まるで腐ったペンキをぶちまけたような醜いさえずりはその日の臨界に達したんです。

 

もうガマンの限界。

自らの子供の演奏のためだけに場を静かにさせる、底の浅いDQN親と思われるのは不本意でしたので黙っていましたが、グッドチャンス。我が子が演奏終了して次の学年と入れ替わるタイミングを見計らって私は立ち上がって振り返り、そのおしゃべりスズメたちに向かって口に人差し指を当てて眉をひそめました。そしてその指を顔の前で3度ほど左右に振ったのです。チッチッチッとばかりに。

本当は、

「子供達はあなた方に聴いて欲しくてどれだけの練習をしてこの日を心待ちにしてたとお思いですか。そんなにおしゃべりしたいのなら、今すぐ校庭に出て行きなさい!」

と一発ぶちかましてやりたいところでしたが、そのように声を荒げて児童を萎縮させてしまうのは本末転倒甚だしい。じっとガマンの子を貫き通しました。

 

しかし、私の決死のジェスチャーで辺りは水を打ったように静まりかえりました。以後、たった二学年でしたが、最上級生の変わりゆく男声とカナリアのように美しい女声のハーモニーを心から堪能することができました。

幸か不幸か、私の脳には欠損があるのか、羞恥心とか緊張と呼ばれる思考回路を持ち合わせておりませんので、このような振る舞いに対して特に高ぶった感情は生まれません。ある意味自制が効かない発達障害なのかもしれません。

しかし、従前の人生で純然たるドツボを経験してもヘラヘラ笑っていられるのは、それが幸いしたのでしょう。

 

この音楽会の1ヶ月ほど後の授業参観にブラッと訪れた私。今度はさすがに教室内では静かにしていたようですが、廊下に響き渡る甲高い、錆びた画鋲をばら撒いたような品性のない笑い声。

しかし、この時は私の顔を見るや、ピタッと静まりました。

やればできるやないか。

ほぼ100%女性のその場のみなさん、誰も私の眼を見ようとはしません。

ワイはクマか。あんたらなんか煮ても焼いても食わんぞ。

とはもちろん心のつぶやきですが、とにもかくにも静かになった校内で参観はつつがなく進行して行きました。

 

これらは、当時私が居住していた校区の民度が低いための瞬発的現象で、他地区や現在の小学校ではあり得ない事象なのでしょうか。しかし、私は間借り人ですが、近隣の中では落ち着いている方の分譲マンションホールでも同じくさえずりが絶えることがありません。

スーパーの駐輪場しかり、駅の券売機のすぐ前しかり。

当然ながら、男にもうるさい輩は多数存在します。飲み屋なら仕方ありませんが、道の駅に集う高級キャンピング車の面々や、コンビニ前にたむろする若い衆などなど。傍若無人な振る舞いがある分、男の方がよりタチは悪いでしょう。

うるさくしはる方々。時と場所をわきまえません?

 

この日記は武勇伝ですね、それ以外の何物でもない。

しかし、その嫌われ役を誰かがしないと、事態は好転しないのです。

見ないふり、聞かないふり。

そんな世の中、ゲェ吐きそうです。

2000年頃の思い出

 

 

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