懐古/ライダールーツ 〜ナナハンライダー、それは憧憬とともに生涯の非妥協的信念に〜

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2017.11.30 昔の思い出

 

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どうも、シバク・ドワレです。

昨日、アメリカ在住のはてなブロガーであるOさんの国産旧車記事を見て懐かしくなり、古いアルバムを引っ張り出してきました。

Oさんのブログにコメントを付けさせてもらいましたが、私のオートバイ乗りのルーツは、近所のにいちゃんが乗っていたHONDA CB750Four(K0)と、少し離れたところに住むにいちゃんのHONDA CB400FOUR(408cc)なのです。

 

これらのホンダを、当時小学生だった私はどれだけ羨望の眼差しで見つめたことか。

K0(ケーゼロ)のほうは、当時そんな愛称はなく、単にCBとかドリームナナハンとか呼んでいました。いま日本で乗れる国産大型二輪の原点は、当時最高峰だったこのオートバイなのです。

カワサキゼッツーも、初の国産750ツインカムってことはだいぶ後に知りましたが、小学生の私にはそんなことどうでもよかった。単に3つ隣の家に住んでいるにいちゃんが乗っている。それだけで憧れるには充分な条件だったのです。

 

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その寝屋川市の家から、生駒山の稜線を走るシギスカ(信貴生駒スカイライン)の山上入り口まで、阪奈道路をノーヘルで後ろに乗せてもらった時の750の鼓動は今でも忘れられません。

今の新車がヒュルルル〜〜みたいな軽い音だとしたら、そのK0は、ドカン、ドンって形容がふさわしい超迫力の排気音でした。

集合マフラーはまだ付いておらず、純正の4本出しマフラーが奏でるカルテットの協和音。幼かった私を虜にするその響きは、45年近く経った今でも私を直列4気筒から離れさせない、至宝だったのです。

 

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二輪免許を取得できる年齢までまだ6年を要する、小学生。

いまなら時効ですから自白しますと、ナナハンなんてとんでもありませんでしたが、画像のホンダダックスは少しだけ運転させてもらいました。

家の前に見えている空き地の中だけとは言え、そこで私の指先で操るアクセルとハンドルさばき。本当に、当時からオートバイが好きだったのだと思います。

 

その間に、悲しい出来事もありました。

写真は残っていませんが、中学生になった私をナナハンとともにオートバイの世界に引きずり込んだCB400FOUR。

いまはヨンフォアとの愛称が一般的ですが、5分ほど歩いたところに住むオカンの同僚の息子さん。そのにいちゃんが乗るのは408ccなのでフォーワン (FOUR1)と呼んでいました。

最初に発売されたFOUR1が408cc。

私が中学入学直前に改正された道交法により、それまで二輪免許でなんでも乗れたのが、大型二輪免許と中型限定免許に分けられたのです。それにより、400cc以上であるフォーワンは売れるはずもなくフォーツー・398ccの誕生へと繋がったのです。

 

そのフォーワンに乗るにいちゃんは、母子家庭だったこともあるのでしょう、母親に無理を言いなんでもねだる性格でした。そのお母さんも彼が可愛かったのでしょう、3台目くらいに新車のフォーワンを買い与えたあたりからにいちゃんの性格が悪い方へ変わってしまいました。

あまり付き合いがなくなった私に、ある日飛び込んできたのは彼の訃報です。

後ろに乗せていた女の子が亡くならなかったのはせめてもの神の情けでしょうか。

 

それを聞いてか聞かずか、ドリームCBに乗っていたにいちゃんもオートバイを降りて初代セリカリフトバック2000GTを買うために、親の建設業を継ぎ高校を辞めました。

 

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一方、私のオートバイへの情熱は高まるばかりです。

これはYAMAHA XS650(ペケエス)。先ほどの悲しい話から少し時代が遡りますが、これも私には目新しく、驚きのオートバイでした。

原付とは明らかに違う、そのバーチカルツインの鼓動。

基本的に真面目な人の集まりだったのでしょう、どノーマルです。その時はカワサキに乗る人は周りにはおらず、ダブワンを知ったのは高校に入ってからです。

そのダブワンに似た垂直2気筒も味があって良いものだな、と一瞬思いましたが、やはり4発の魅力には抗えません。

 

やがて晴れて二輪免許を取得して、スズキハスラーTS50、スズキRG250E、ホンダMVX250Fと乗り継いだ後に、カワサキGPz400Fで待望の4気筒へ辿り着いたのです。

 

そして紆余曲折の末、54歳になってようやく大型二輪を手にしました。

もちろん、初志貫徹のホンダCBです。ナナハンも考えましたが、どうせならってことでCB1300DC、X4 typeLDにしました。

 

古ぼけた写真を改めて見返すと、私が本当にオートバイ好きだったのが思い出されます。この記事を書くのに、断片的な記憶をヘルプしてもらうためにwebの力を幾分借りましたが、当時10歳だった私のオートバイ知識や呼称はほとんどそのままです。

教科書よりもオートバイのメーカー製カタログや、月刊オートバイやモーターサイクリストを枕元から離さずに熟読していましたから。

ずいぶんこまっしゃくれた、ませた小学生だったのですね。

 

今宵あらためて昔を思い出すとともに、これからも、いつまでも、安全運転を心がけて末永くオートバイを愛し続けようと心に誓いました。

2017.11.30