ヒトギライ/雑感 〜人を好んで罪を好まず〜
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2018.2.9 エッセイ 画像:独房の空
どうも、シバク・ドワレです。
私は拙文にて度々人嫌いである事を独白しています。
所謂「ヤカラ」や「DQN」と呼ばれる犯罪者やその予備軍、並びに公共の場で行儀の悪い人間は論外で、好きでも嫌いでもありません。関わりたく無いだけです。
しかし万人が苦手なわけでなく、ある特定の性分をお持ちの方々と気が合わないのです。
その筆頭とも言えるのが、暇を持て余した挙句、過去の栄華を延々と昔語りを続けてオマケに私の遊びにチャチャを入れてくる人。
道の駅でよくある事象をまとめました。
「これはホンダか。まあまあやな。おれはむかしもっと大きいのんに乗ってたけどなあ。最近は四輪がええな」
「へえ、そうでっか。で、なんか御用件でも?」
また
「このキャンピングカー、自分で作らはったの?私は不器用やから、こんなんですわ」
と、隣に止めたビルダー製のピカピカハイエースバンコンを、如何にも納車したての喜びに満ちた顔で告げられます。大概は、ドアを開け放ち設備の説明にかかろうとしています。
しかし私にとって、どちらのケースもその通知内容に一言一句たりとも重要なる文言は盛り込まれていません。
ですので相手にせず、黙々と自分の作業を推し進めます。
自慢したい気持ちは解ります。
おそらく、過去に巨大オートバイに乗っていた事も、退職金を拠出して中古マンションが買えそうなキャンピングカーを買っても、誰も褒めてくれないんでしょう。むしろ奥方からは過去のオートバイウェアは棄てろと強要され、なんで車で寝なきゃいけないの、とその散財をなじられているのでしょう。
しかあし、そんな事私の知ったこっちゃ無い。
元部下の家でも訪ねて、手土産代わりにそれらの話でも放蕩すれば良いんです。二度と敷居は跨がせてくれないでしょうが。
私はそういうあんたが大将キャラの方々のストレスを受け止めるキャパシティはあったとしても、義務は無い。却って私から矛盾点を指摘される事により、ストレスを増大させるかもしれない。
そうか、その理論から行くと私が関わらないのは人助けにもなってる訳ですな。なるほどなるほど。
ひたむきな人は好かれる
一方、私は直向きに前だけを見て燃えながら遊んでいる人たちは大好きです。
流行に左右されているだけか、本気で寝る間も惜しんで没頭熱中しているかは、目を見れば判ります。
今に夢中な人は、過去の自分を英雄化している暇など無いし、それよりもっと素晴らしい成果を上げ全世界を満喫している自分を夢想して、鼻血を出すほど余念が無いはずです。
病状も少しづつ進行し、体力の限界も見え始めてきました。
月に半分は入院生活ですから、もう五指に余る趣味を均等にこなすのは虻蜂取らずに陥ります。
願い続けた念力と努力の甲斐あって、大型自動二輪車を手に入れ、燃費が良く走破性に優れたキャンピングカーを自作する事ができました。その2台を駆使して、ベースはデュエット、時には単独行で効率良く遊びます。
これからは好きな人たちと、好きなジャンルで厳選してのみ人付き合いをしてゆきます。
あ、山岳部のみんな〜、文末やけど愛してますよ〜〜!!!
2018.2.9
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