連載:四年前のフルムーン旅3-2(ニ日目朝〜三日目夜・北海道〜静岡県)/鉄道旅 〜東京で再び夜行の人となり〜
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2015.6月の思い出
どうも、シバク・ドワレです。
フルムーン旅の2話目です。
24時間以上かけて大阪から札幌に到着。
この本邦最後の解放式寝台併結急行の旅を心置きなく満喫した我々は、いよいよ北の大地を踏みしめました。
が、札幌を観光する暇もなく1時間ちょっとの間をおいて直ぐに次の特急の人へ。
なんてせわしない!そんな旅したくないわ!って方が大半でしょうが、私はそういう者なんです。可哀想な妻。。。
大都会札幌ですが、列車が走り出して千歳空港そばあたりを過ぎれば直ぐに大陸的様相を呈してきます。
北海道へ来れば、サッポロクラシック。これ以外のビールには目もくれません。朝からグリーン車でビールをかっ喰らう。これ以上の社長的遊戯があるでしょうか。けっして私は社長ではありませんが。仕事で人を使う性分ではないので。
カップがコンビニ氷の容れ物なところに貧乏性が如実に物語られていますね。人間、何をしてもどうあがいてもすぐに変われるものではありません。
これからも清貧路線を猪突猛進する所存です。イノシシ年ですし。
釧路でも息つく間もなく、この旅では貴重な観光列車であるノロッコ号に乗車します。
同じ列車に乗ってとんぼ返りしているのは、1日に数本しか列車が走っていないため。それに、次の違う普通列車に風情を求めて乗ったりすると札幌まで帰れなくなります。それくらい北海道は広い。
オートバイなら日帰りで札幌〜釧路をやろうなんて思いませんが、そこは天下の特急列車。ビールをたらふく飲んでるだけで往復してくれます。もの足りませんがね。
車窓にははるかに広がる釧路湿原。
湿原だけで大阪平野くらいあるんちゃうか、ってくらい雄大です。
エゾシカが当番とばかりに顔を出して挨拶してくれます。ギャラはいくらなんやろ。発想がやらしいなぁ。
まさしくとんぼ返り。
おなじ特急、スーパーおおぞらに乗って札幌へ帰ります。ただ違うのは、朝のおおぞらではサンドイッチにしたのを、釧路駅の駅弁を奢りました。これは旨かった〜〜。
写っているのは左から厚岸の牡蠣、イクラ、ズワイガニ、サーモンです。弁当の名前は忘れました。
この日は36時間揺られ続けた列車を離れて身体を休めるために、ススキノに宿を取っていました。
札幌駅から地下鉄で二駅ほど離れた北海道随一の大繁華街、ススキノ。
博多駅に対する天神、名古屋駅に対する栄とよく似た関係ですね。特に栄にはセントラルパークがあり、その中央にテレビ塔があるのが札幌の大通公園とそっくりです。戦後の復興での街づくりと札幌のオリンピック後の開発が似たような設計者だったのでしょうか。
対して我がまち大阪では、今はJR大阪駅近辺が北新地など、最大の繁華街になっています。
これは東京駅に対する銀座によく似ていますね。
はるか昔の話では、御堂筋の中央にある本町近くの船場が大阪随一の盛り場と商売の中心地であり、梅田はその名の通り田んぼを埋めたところに葦が生える田舎も良いところだったそうです。
船場に鉄道を通す話もあったそうですが、煙をもくもく吐き火を吹く汽車なるものが我が御殿の近くを走るなんてまかりならん!と豪族たちが猛反対し、街のはずれに国鉄駅ができたのは古い町並みが残る小京都などでは全国的な現象ですね。
その結果、名古屋や福岡のように大繁華街から離れたところにJRの駅が存在するのでしょう。東京と大阪は国鉄中央駅としての東京駅/大阪駅の発展がめざましく、それぞれ東日本・西日本の中心地となりました。
それに伴ってその駅周辺が一等地となったと思われます。
札幌は開拓の歴史が内地とはかなり違いますので、また別の理由でしょう。
この夜は怪しげな地域には近寄らず妻と健全な酒場に繰り出し、予約してあったカニの食べ放題店に入りましたがスベりました。
6月ですから冷凍カニに決まってるのは承知していたし、味はそこそこだったのですが、東南アジアからの団体客が素手で料理を掴んでは戻し、床に殻を捨ててべちょべちょにするわトイレは汚すわで、散々でした。
文化の違いと言ってしまえばそれまでですが、日本人なら日本の美徳をいつまでも忘れないようにしたいものです。
明けて三日目の朝を迎え、妻の疲労もピークに達してきましたが旅を続行しなければどうしようもありません。
最悪は飛行機で帰阪する手もありますが、そこまで嫌にはなっていないようです。
私にできるのは、列車と沿線の解説をしてやり気を紛らわせるくらい。耐えてもらいましょう。
私はこの夢のような乗り鉄の旅に心が浮いていましたが、身体も浮いているみたいでふわふわしています。どうやら連続して列車に乗りすぎみたい。長距離フェリーから下船した直後と同じような感じです。地に足が着いていない。
しかし、グリーン車の乗り心地はそれを和らげるには充分過ぎます。
果てしなく続くレールのギャップとポイントによる横揺れも、まるでゆりかごのように感じました。
快晴の札幌を離れて、スーパー北斗は海へ山へとあまり北海道らしさは感じられない道南を走ります。
やがて北海道の南の玄関口、函館へと到着しました。ちょうどこの長旅も時間的に折り返しへ。
まずはバスに揺られ、五稜郭の展望タワーへやってきました。
道東の果てしなく続くジャガイモ畑や一本道とともに、わかりやすく北海道らしさを味わえるスポットです。こんな星の形をした城跡は、北海道以外にはありません。
函館駅まで戻り、昼食です。
ネットで探していた塩ラーメンの店に行ってみたら、休業。あらま。
で、直ぐ近くにあったいかにも修学旅行生いらっしゃい的な店に、ハズレ覚悟で飛び込みました。
すると、これが大当たり!
写真は三色丼¥1200えんくらいですが、いろんな新鮮な北の海鮮物から三種類を自分で選ぶことができます。私はウニ・イクラ・アワビにしましたが全部店内の生簀から網ですくって眼前でさばいて丼に盛ってくれます。
おばあちゃんとその娘さんの2人でやっている店で、近所の奥さんがカゴを持って生簀の海鮮を買いに来ていましたので、安心できました。このような店を本州で見つけるのはなかなか難しいのですが、さすがは九州と並ぶ食の国。また行きたいなあ。
腹を満たした我々は、後ろ髪を引かれつつ北の大地を離れます。
伝統的名列車白鳥の名を冠した特急にて、津軽海峡を内地に戻りましょう。
この列車のグリーン車シートはJR九州の特急車両を彷彿させる、革張りに木製の手すり。画一化され、プラスチック然としたチープな香りがプンプンするJR西日本とは大違いです。がんばれ!西日本!!
この列車も、北海道新幹線開通とともに消えてしまいました。
時代の流れを悔やんでもしかたありませんが、全国に新幹線やリニアばかりが走るようになり、旧来の旅の良さを感じられる列車がなくなるのはやはり寂しいことです。
下へ続く
本州へ帰ってきました
往路と全く同じ区間・列車で戻るのも芸がない話ですが、五日間で日本を一周しようとすればある程度は新幹線を使用しないと無理です。
ここは時速320kmの恩恵にあずかり、先を急ぎましょう。
またもや車窓は夜の闇に閉ざされて、ここでもグリーン座席は睡眠の場と化します。
この旅のもう一つのお楽しみ、二回目の夜行列車です。
もうこれを書いている平成最後の年では、定期寝台列車はこのサンライズ瀬戸と、併結のサンライズ出雲のみになってしまいました。
この寝台列車、実は電車なのですよ。
鉄道に詳しくない方はそれがどないしてんって思うでしょうが、ちょっと前まで夜行列車といえばブルートレインと呼ばれる、機関車が客車を引っぱるやつだったんです。
唯一、前の大阪万博(EXPO70)の波動輸送対策としても使われた高度経済成長の申し子、世界初の寝台電車583(581)系がありましたがあまりにマニアックな話なのでここではこれ以上の解説は止めておきます。ヲタクではないので。
先述のようにこの列車には個室寝台しかないので我々のフルムーンパスが使えません。
なので、画像にある長距離フェリーのタコ部屋カーペットルームのごとき「ノビノビ座席」を取りました。これはまさしくカーペット敷きで、少々固いのを我慢すれば一晩横になって移動できますので、高速バスとは雲泥の差です。シャワーもありますしね。
下り列車(東京から西へ向かうやつ)では、大阪駅は通過してしまい姫路まで降りることはできませんので利用する気はありませんが、上りなら0時34分に大阪駅を出発して7時08分に東京駅に着きますので、利用価値はありそうです。
但し通常の運賃料金での利用だと新幹線と変わらないので、ホテル代の節約や新幹線の最終が出た後も北新地で飲んでこれに乗り、始発到着よりはるかに早く到着するなど他のメリットを見出す必要がありますね。
大阪在住ですのでこちらを基準に考えますが、例えば大阪で20時くらいまで仕事をした後に東京へ行く用事があるとして、その後夕食がてら居酒屋にでも行けばすぐ22〜23時になってしまいますよね。
そのような時も、新幹線の時間を気にすることなく、JR大阪駅には日付が変わってから行っても充分なので落ち着いて飲むことができます。
実はこのノビノビ座席、上下2階に分かれています。当然1階の方が揺れも少なく、階段を使わずにカーペットに腰掛けたら直ぐに通路に立てますので、足が悪い方やお年寄りは下がお奨めです。
あと、上から二番目の画像で見難いですがふた区画ごとに足元に大きな仕切りがあるのが判るでしょうか?
大きな仕切りは上半身のみを隠すように全区画にあるのですが、足元にも二つをワンブロックとして箱状の物が並んでいるのです。
これが夫婦やアベック(笑)には重要なポイントで、何も考えずに切符を買うと、2人の間に大きな障害物が来ることになります。
そうなると可愛い彼女は、顔こそ仕切られているものの見知らぬオッさんと密接な関係で寝る羽目に。。。
これではそのあとの旅程に地獄が待ち受けているのは明快な推理ですね。
さあ、そんなことを全て吹き飛ばすようにサンライズは深夜の東海道を下って行きました。
次号へつづく
2019.1.20記
ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。