回想録/富士登山 〜世界遺産登録前でよかったわ〜

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2016.9 エッセイ

どうも、acsekitoriです。

古い話なので詳細な登山記録ではなく、昔語りで。もう4年前の夏です。前年の夏に大腸がんの肝転移が見つかって腹腔鏡で切ってもらい、しばらく登山ができずにムラムラしていました。仕事もできず独身に舞い戻り生活環境もドツボの状態で、まあ今から振り返ると人生の鍋底だったでしょう。

そんな失意の日々を過ごしていた時、それまでも飲み会ではしょっちゅうお伴させていだいていた高校山岳部の5期年長の先輩が、このままでは私が廃人になると危惧されたのでしょう。富士山にでも行かんか?と誘ってくれました。主たる理由は、山を長らく続けていると必ず「富士山は登りましたよね?」とあまりに多く訊かれるので、うっとおしいからこの際登ろうか、との事が端緒です。

実は私もまったく同じで、「山岳部なら富士山くらい登ってますよね」的自分の考えを多くの非登山者からごり押しされて少々呆れていました。山岳部が富士山に登ってはいけない事はもちろんありませんが、私の中で冬はともかく夏富士は見るものであって登る山ではない、との偏見があったのは事実です。

そんな偏狭な考えを捨てるために(本音は富士山くらい登ったよね攻撃から逃れるために)、登頂を決意しました。いきなりがんのオペ明けから標高3776mは無謀だと思いましたので、一ヶ月前に滋賀県の比良山系武奈ヶ岳1214mに準備山行に出かけたんですが、その時の降りで脚が痛かった事。膝はどうもなかったのですが、8ヶ月ほど高い山から離れていましたので、大腿筋が弱っていたのでしょう。

この事前のトレーニングに行って、本当に良かった。そう思えたのは、9合目を越えてからでした。富士宮口から取っ付いたのですが、5合目から8合目辺りまではディズニーランド状態。まあ芋の子を洗うようとはこの事で、実際あちこちでじゃがいもを洗っていました。ウソです。

しかし、この長蛇の列がトレーニング不足の私には幸いしました。10歩ほど歩けば渋滞でストップ。これの繰り返しなので、辛気臭いですが脚が疲れないのです。たっぷりと写真を撮影しながら、ルンルン♫と9号目下までは順調でした。

が、浮世絵や銭湯の壁絵で見る通り、富士山は裾野はなだらかですが山頂へ近づくに連れて急に立ってるんですよね。特に9合5尺からは久々にアゴが上がりました。それでも無事にお鉢のへりに到着。不思議と、ここが山頂だと思ってか疲れたり高山病なのか、お宮さんに参拝したら引き返す人が多かったです。

実際は、冒頭の画像が最高峰の剣ヶ峰3776mなんですよね。気象測候所が見えますね。今は気象衛星が発達しましたので閉鎖していますが。そこに山頂の碑と三角点があります。そこまで行かないとね。

ところが。最高峰直下が、火山岩の砕けた細かい砂れき状の登りで、めちゃくちゃ滑る上に足がめりこむんですよ。これは疲れた。それを知っていて、参拝だけに何回も来ておられる方もいるのでしょう、納得。

 

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この時は前泊でテントを張った2合目のオートキャンプ場や4合目までは雨。5合目直下で雲を抜け、雲海が見渡せた後はドッピーカンでした。頭を雲の上に出し、四方の山を見下ろしていましたよ、富嶽さんは。降りは砂れきが適度にブレーキをかけてくれるので、足早に下山できました。

しかしその砂がミドルカットやローカットのシューズでは靴の中に入ってきますので、ハイカットで行くかショートスパッツを装着したほうが良いですね。私はミドルカットで登ったのですが、筋肉は痛みませんでしたが足裏が痛くなりましたよ、小石で。

この登山は富士山が世界文化遺産に登録される前年でしたので、まだ芋の子も大した事なかったのでしょう。登録後はきっと八百屋さんがこぞって仕入れに向かうほど、一大芋の子洗濯大会状態なんでしょうね。もう登りたくありません。

 

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しかし、この登山で自信を付けて山に復活し、1ヶ月半後に剱岳に別山尾根から単独で登頂できました。この時の話はまた別記します。同伴していただいたN先輩と、世界に誇れる富嶽さん、どうもありがとうございました。

(最後の画像は別日のバス車内より) 

2012.7の思い出