闘病記/こんな風にがんが見つかりました 〜大腸がん発見編〜

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2016.8初めまして

どうも、初めまして。acsekitori(あくせきとり)です。9年の長い闘病生活ですが、最近少し時間に余裕が出来てきましたのでブログを始めました。

 メーンテーマは放浪記なのですが、名刺代わりに病気のあらましを最初に記します。自戒の意味を込めるのと、これを読んでいただいた方に少しでもがんの早期発見の有用性をPRするために。

思い起こせば2007年の、それは暑い夏でした。風邪でもないのに、三日間続いた高熱。どしたんやろ?とかかりつけのクリニックに急ぎました。

ドクター

「う~ん、熱以外に症状はないんやね?去年がん検診も受けてないみたいやし、調べてみよ」

そうなんです。実は仕事がフリーランスでもあり、一年間、成人病の市民検診を怠けていたんです。で、いろいろ検査した中で、便潜血反応がアウトでした。検便ですね。それまで、便に血が混じるようなことはなかったし、拭き取る時に血が滲んでても、どうせ痔やろ。ってな調子でほっといたんです。

通常なら0~50が正常値、50~100がグレーゾーンらしいのですが(詳細は忘れましたが)、私はなんと1000近くの値が出てたんです。

ドクター

「これは腸カメラ決定やで。予約入れとくで」

「はい、よろしくお願いします」

有無を言わせず強制検査でした(笑)。で、検査当日。事前に渡された、ムーベンなる下剤を家で飲んで腸を空にします。しかし、絶妙なネーミングですね、ムーベン。

これはうっす~いスポーツドリンクみたいな味で、2リットルあります。嫌がる人が多いらしいですが、私はなんのためらいもなく規定の時間を守り、飲み干しました。

すっかり軽くなったお腹を引っさげて、クリニックへ。いざ、本番です。大事なとこからカメラを挿入される瞬間だけ「あぅ」となりますが、ドクターのテクニックでしょう、全く痛みは感じませんでした。

ところがクネクネとカメラの先を器用に操りながら、私の大腸をくまなく観察していた時です。

ドクター

「お、あかんわ、acsekitoriさん。悪いもんできてるわ!」

「悪いもんって、がん?」

ドクター

「そやで」

実にあっさりとした告知でした。私は、便潜血のデータからひょっとしたらなあ、とは思っていましたが、テレビで観るように家族を呼んで別室で・・・みたいなんを想像してたんです。

10年ほどのつきあいがあるクリニックでしたので、私のぼよよ〜んとした動じない性格を熟知していたと思われ、ホンマどまん中直球、ホームランボールの告知でした。

が、それからの対応はさすがこの界隈の最高学府出身のドクター、素早く先輩である地域拠点病院の院長に電話をしてくれて、いよいよがんの治療/闘病が始まりました。

大きい病院の初診当日。住んでいるのとは違う市の公立病院ですので、初めての訪問でした。5年ほど前に建て替えられたそこは、内外観ともにとても美しく、建て替え寸前の大病院しか経験なかった私には、ホテルのようにも思えました。

あまり緊張はしませんでしたが、この先の人生への不安は多少ありましたので、少しそわそわしていたのでしょう。とても腹が減ったのを覚えています。

時間が来て、診察室へ。予約通り、院長診察です。

院長

「ああ、画像持ってきてるんやったな。見せて」

「はい、これどす」

院長

「がんやな」

先生、そんなことはとっくにわかってるんですよ。

「はあ。で、オペですか?」

院長

「そやな、これは切れるやろ。切らな、やばいで」

「さいですか。ほんなら、すぐに切ってもらえるんですか?」

院長

「あかんで。あんた歩けるんやろ?オペはもう歩けん、食べられんようになってる人の予約でいっぱいやからな。え〜っと、今なら一ヶ月半先やな」

「そんなほっといて大丈夫なんですか?」

院長

「あんな、こんだけ立派に育ってるがんはな、5〜6年経ってるねん。今更数ヶ月ほっといても変わるかいな」

「へぇ〜、そうなんですね。よかった〜、安心や」

画像には、OKサインをした親指と人差し指くらいあるリング状のグロい肉片がハッキリと写っていました。

こんだけ素直に教えてくれる病院なら大丈夫やろ。私は大船に乗った気分で、オペまでの時間をゆったりと過ごすことができました。

以降はオペ編へ続く

2007.9の思い出