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回顧録/剱岳シンドローム 〜アルピニスト復活への道〜

山旅/登山

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2016.9 回想録

どうも、acsekitoriです。

富士山登頂記の続きで、過去の思い出です。以前他の場所に投稿した登山記録ですが、がんが再発して仕事もできず、気が立っていたのでしょう。文章も荒くて長く、書きなぐっただけで一般の方には読みづらいでしょうね。劔がお好きな方への駄文案内と、自分への備忘録として。

 

剱岳登頂記録 2012.9.4~8

最後のニセピークであろう岩を乗り越すと、見慣れた祠の裏側が見えて来た。サミットへと左へ巻くルートを取らず、直登したようだ。

10m程バランスを取りながら狭い岩の上を歩き、祠の前に出た。目の前には三角点。

2012年9月5日、午前11時09分。この2999mの岩と雪しか無い険しい峰の頂きに、私は再び帰って来た。

大学山岳部の現役時代数多くの登攀をし、遭難救助もした劔岳。卒業後も幾度も訪れ、ザイルパートナーと命を賭けて登った山。いまお互いが置かれている環境は激変し、登らなくなった友も多い。

私も、五年前に大腸がんに冒され内蔵の一部を摘出。その後離婚して独居を始めたが、徐々に体調は回復し、仕事にも復活して順調に生活を立て直していた矢先の昨年夏の終わり、肝臓に転移再発が見つかった。

幸い、転移箇所は肝臓先端の一カ所なので切除可能。余命告知も無かった。

しかし、二度にわたる開腹で私の五臓六腑は切り裂かれ、生へのモチベーションと共に体力の低下は見るも無惨であった。病院の廊下を点滴補助具とともに歩き回る。それは、以前岩や雪の山々を駆け巡った時からはほど遠い、絶望に満ちた歩行であった。

が、どんなに遅い歩みでも、この両足で立つ事ができる。ゆっくり引きずるような足取りでも、確実に一歩ずつ前進する事が可能なのだ。

それなら、あきらめる必要等無いのではないか。

手術を受けた二日後から、私のリターンアルピニストへの道が始まった。

退院後すぐに近所の散歩から始め、それほどの苦痛も無くウォーキング程度はできるようになったが、第一の試練がすぐに始まった。退院一ヶ月後より始まった術後補助化学療法の副作用が訪れたのである。

しかし抗がん剤治療中から、その辛さを紛らわせるために計画したトレーニングを順調にこなした。当初は北摂里山歩き。里では春も過ぎ年度が変わった四月、新穂高ロープウェイにて高みへ上がり、穂高の峰嶺を撮影した。

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この時はとても稜線歩きをする自信は無かったので、山上駅展望台で体調を崩さぬよう相方に付き添ってもらいながらの撮影であったが、この上なく晴れ渡った紺碧の空を突き上げる槍穂。それらの岩壁に前日まで降り積もった新雪が上砂糖のようにまとわりつき、俗世間を忘れさせてくれた。

この時に見上げた岩と雪が、私を生き返らせるモチベーションとなった。

梅雨も終わりを迎える頃、北アルプスへの想いが日々強くなって行った。抗がん剤の高所での副作用は無いだろうか。大腸や肝臓が小さく少なくなっているのに、3000mで生活できるだろうか。自問自答の日々。

しかし下痢がひどく強い倦怠感と吐き気はあるものの、血液や画像データは極めて正常、並の健常者よりも健康である。主治医の所見も、懸念される問題点は皆無との嬉しい報告である。

よし、行こう。決断した。

 

七月中旬に比良山系武奈ヶ岳を還縦走し、10時間の歩行訓練をした。そして同月末、比良と同じように高校山岳部の先輩と富士山剣ケ峰への高所登山を挙行。不安があったが快晴の下、順調に登頂する事ができた。

そして、本番の劔アタックを天候が安定して他の登山者が少ない九月初めに設定。出発を9/4、BC(ベースキャンプ)を設営した翌日に天候が許せば速攻でアタック。

懐かしの剣沢三田平にAC(アタックキャンプ)を設ける考えも頭をかすめたが、雷鳥坂をボッカすると一日余分に必要なのと、その行程でアタックの体力が無くなるのを懸念し、雷鳥平にBCを設営する事に決定。

予備日と休養日を含めて、五日間で劔岳登頂を最優先。体調さえ良ければ本峰登頂後周辺の高峰を歩き回る計画を立てた。

最終調整として、出発二日前に芦屋から六甲越えで有馬まで歩行。残暑厳しい兵庫南部を歩き通す事によって汗を絞り出し、軽くなった身体で当日を迎えた。

いよいよ出発当日。万感迫る想いと、不退転の覚悟で大阪駅へと向かう。どうせなら、アプローチにも多大な時間と苦労を費やし、海外遠征気分を味わおう。

とはまったくの詭弁であり、実情は金も無い貧乏山ガラスの旅に、青春18きっぷが最安なのでセレクトしたまでだ。

私のモットーは、

「金が無いなら知恵を出す。知恵も無いなら汗流す」

なので、道理には適っている。

金が無いと言っても、日頃余分な事をしない節約を心がけたら片道五千円弱の交通費と、五日間で千円の幕営料くらい捻出できるものだ。メシは普段から粗食なので、そのままそれをテントでも実行するのみ。

大阪駅を8時前に滑り出た新快速を敦賀で乗り換え、曇り模様の北陸路を金沢へ。再度乗り換えたら、もう憧れの山都、富山駅である。劔立山は雲に隠れているが、気力充分体力充実。みなぎる気迫にザックの重さを感じない。

最後のコンビニで握り飯とトリスウイスキーのポケット瓶を仕入れ、富山地方鉄道の客となる。平日の午後とあって、見事なまでに空いている。これならケーブルカーと高原バスの乗車もスムーズだろう。前祝いを兼ねて、地鉄車内で四人分の席をお借りして、乾杯した。

予想通り極めて快適かつ迅速に室堂に到着。高曇りではあるが、そのおかげで積乱雲は湧き上がっておらず、静かな2400mである。雷の心配は無い。時計の針は午後四時を指しているが、予定通り雷鳥平へと歩を進めた。

 

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 曜日と時間のおかげで、実に静寂な室堂平。みくりが池に立山三山の陰を映して撮影し、硫黄の匂い立ちこめる地獄谷を見送ればもうわが心のふるさと、雷鳥平である。

昔は地獄谷の噴泉塔に目を見張りながら通過したものだが、一昨年から通行止めになっている。有毒ガスによる死者が出たための措置らしい。

後日の悪天による撮影不可を回避するため、25kgほどの荷物を担いだまま各所を撮影する。気分が高揚しているので、さして苦にはならない。麓からはガスに隠れていた劔岳立山三山が、すっかりその姿を現して私を暖かく出迎えてくれた。

積年の重み、幾万人の登山者の歩みを支えてきた急な石畳を下ると、雷鳥平に辿り着いた。目の前には奥大日から連なる別山、真砂岳、立山三山。それらの懐に山崎カールがその雄大さを惜しげも無く私にさらしている。バスターミナルから小一時間程でこの至極の別天地にテントを張る事ができるのだ。

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18時頃、明日のアタックのため起床時間を心配しながら急いでテントを張っていると、その懸念を吹き飛ばすように立山が顔を紅くして私を笑っていた。

「そんなに焦りなさんな。俺たちはどこにも行かない。劔も私も、おまえがまた来るのを待っていたよ」

フライを張るのも忘れ、しばし立山を愛でながらオレは時を忘れ、その頬には一筋涙が伝っていた。

山々に励まされながらテントを張り終え、雷鳥沢ヒュッテに入浴に向かう。今までの不摂生を総て洗い流し、清い身体で劔に対峙するためだ。しかし、時間はすでに19時。外来入浴は18時半までの受付だと言う。

が、スタッフ君の粋な計らいで入浴できることになった。しかも、今日は源泉の掃除のため湯温が低く、無料で良いと言う。なんと幸運な事だろう。ぬるくて浸かっていられないとの案内に反して、御祓(みそぎ)に来た私には程よい冷泉がボッカ後の身体に心地よかった。

BCに帰り、ヒートパックの肉じゃがとチキンステーキを温め、明日のアタックへのエネルギーとする。

すぐに食べ終え、アタック準備を済ませたが、隣のテントで宴会が始まる。どうやら、今日立山辺りを登り終えた熟年女性グループである。日頃のストレスを発散するべく、極めて大声で笑い語らう女性達。

ひどかったのは、わざわざ宴の場から離れて私のテントの真横に立ち、旦那らしき相手に電話で今日で山が終わる事を吹聴し、相手の暑さを馬鹿にして自分の涼しさを自慢している女史だ。ここが飲み屋なら、私も黙って追従しただろう。いや、しないか。しかし、こちらは明日大事なアタックなのだ。

21時45分まで耐え忍んだ。が、限界。極めて低い抑えた声で、

「すみません、こちら明日3時起きで劔にアタックするものです。申し訳ないが、少しばかり声のトーンを落としていただけぬか」

瞬間、謝りの声とともに静寂が訪れた。

何時に寝ようが起きようが、それは人の勝手。でも、この劔岳登頂計画を、ハイキングが終わった後の打ち上げにジャマされたくはない。きちんと理由を説明したのだから、納得してくれたと思う。せっかくの山仲間との語らいを中断させて、悪く思う。許しておくれ、山ガール(元)。

明けて9月5日。三時にはアラームより先に目が覚め、テントから顔を出して天候を確認する。ガスである。が、雨は降っていない。このガスの流れ方は、好天の兆し。よし。早速、昨日買っておいた富山名物ますのすしおにぎりを頬張りながら、熱いコーヒーで気合いを入れる。

一時間程で支度を整え、テント前で静かにストレッチをしながら精神統一。周りに人の声はしない。皆、悪天の予報とガスで行動を渋っているのか。それとも、ここ雷鳥平をこの時間に旅立つ者はいないのか。

ヘッドランプのスイッチを入れ、歩き出す。視界は利かないが、かつて30回位は往復した勝手知ったる我が道だ。雷鳥沢に架かる橋を渡り、雷鳥坂を一人登り出す。

ガスは濃く、ヘッドランプの光明だけがハイマツを照らし出す。要所に黄色いペンキがあり、注意して歩けば道を外す事は無いが、こことて不注意ならばまったく違う所へ行き着いてしまい、進退窮まる結果になる沢沿いの道である。

漆黒の闇と身体にまとわりつく乳白色のガス。前にも後ろにも人影は無い。私が健常者の頃なら、その薄気味の悪さに心中穏やかではなかったかもしれない。

しかし、今の私に怖い物等無い。総ての森羅万象が私の脳裏を心地よく撫でてゆき、この世の悪しき行いすべてを代わって懺悔する悟りの気持ちで歩を進める。

夜明けの到来とともに、都合良くガスが薄くなってきた。

 

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別山乗越、剣御前小屋に到着した。人気のない小屋前を通過して、入り口を開ける。すると、小屋番の人と常連らしき客がひっそりと話していた。

「休憩するなら、ザックは外に出して下さい」

休憩等しない。ここでくつろいだ事等、過去に一度も無いのだ。登山届けの場所を尋ねると、三田平の警備隊派出所で出せとの事。

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ルート的には、このコルより剣山荘に向けてのトラバースがあるのだが、現役の頃我が家のように慣れ親しんだ三田平に挨拶をしてから劔へ向かうのも一興だろう。丁度ラジオ体操が始まる頃、昔お手伝いをした派出所に着いた。

登山届けを提出し、剣沢小屋から剣山荘へと歩いた。その頃にはすっかりガスが晴れ、目指す劔だけは隠れているが前衛の前剣がその牙を剥いている。何度も登り、本峰より前剣の登りが辛い事は承知している。

 

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まずは一服剣への緩い登りで緊張感をほぐす。一番、二番の鎖場があるがこんなものは序の口である。ここまで役に立ったダブルストックは岩場には危険。すぐに登り着いた一服剣の山頂直下の岩陰に、予定通りデポする。

 

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ここからが本番である。このルートを辿るために、辛いトレーニングと副作用に耐えてきたのだ。上空はすっかり蒼いが、まだ平蔵や剣沢下部の雪渓はガスに隠れている。

この事が私の頭から高度感を取り去り、バランスを保っている。そう、ここは六甲や北摂の山となんら変わる事は無いのだ。そう自分にうそぶき、慣れない岩稜の恐怖感を拭い去る。

 

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がんを発病してからも、2000m級の百名山等に登って来た。しかし、やはり劔の岩肌は、ひと味違う。前剣の頂上は体力温存のため巻いて通過し、平蔵のコルへと下る時に寒気を感じた。

落ちたら、死ぬ。がんで死ななかったのに、山でなんか死んでたまるか。オレは負けない。

 

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そう自分を奮い立たせながら、鎖にカラビナを掛けてセルフビレイを取る。幸い雷鳥平からアタックを駈けているので、前後に人はいない。三田平や剣山荘からの登山者や、源次郎尾根などのクライマーはとうに劔に達しているだろう。

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セルフを取っている間は良いのだが、鎖がなくなりフリーになったときが危険な瞬間だ。一瞬の気の緩みを、死神は見逃してくれない。そのような、鎖は無いが段差が大きいときに、一番の注意を払った。

まだ脚力に衰えはまったく無いので、片足でバランスを取るのも不安は無い。仮に疲れ果てて三点支持ができなくなったら潔く撤退するつもりでいたが、ここまではその必要はなかった。

 

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冷静に前後を判断しながら、平蔵のコルに到着。ここはかつて八ツ峰や源次郎の登攀を終え本峰からの下山に平蔵雪渓を下る前、ザイルパートナーとの憩いの場所だったのだが、いま一人病み上がりで辿り着いた時には、憩うほどの余裕は無かった。

 

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数人がカニの縦バイを攀じるのをルート観察がてら撮影し、身を奮い立たせる。が、いざ取り付いてみると岩登りを再度できたこの身の復活に歓喜し、適度な緊張感に疲れも感じず、あっさりと難所を通り抜けた。

 

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その頃には目指すサミットもすっかり晴れ渡り、私の登頂を諸手を挙げて待ちわびてくれている。

「劔さんよ、もう少し待っててえな。オレはあんたに逢うために、えらい苦労したんやから」

次々と降りてくる登山者たち。その声は、ガスで登頂時視界が利かなかったが、今は見えている山頂を悔しがっている。こればかりはタイミングの問題だ。仕方なかろう。

 

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難所はもう無い。しかしバランスを崩すと奈落の底。慎重に一歩ずつ歩を進める。見覚えのある矢印を過ぎ、どちらからでも行ける岩をまっすぐ天に向かって登ると、祠が見えた。

 

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やじろべえのごとくバランスを保って祠の前に回り、多くの登山者が喜んでいるサミットを踏んだ。

 

感無量。でも、涙は出ない。ここまでは死ななかった。喜びに打ちひしがれるが、まだ降りなくてはならない。その揺れ動く心を諭すように、真っ青な空の上から太陽が燦々と照らし出してくれた。

オレは、何故ヤマに登るのだろう。こんなに、苦しく辛いのに。

それは、生きている事を証明するためだ。この登頂の喜びと希望に満ちた明日への輝きを、日々の暮らしの礎とするために登っているのだ。

私には山がある。例え病に倒れても、暮らしが貧しくとも、こんなに優しく包んでくれる山と空がある。

生きよう。そして、また登ろう。

と、感動していたのは数分間。後はいかにBCに生還するかのタクティクスを組み直す。自らの脈拍と体温を計り、冷静に考える。呼吸は乱れていない。横バイはクリアできる。平蔵の頭が少しやっかいだ。しかし、歩かなければ帰れない。

水を飲み、写真を撮る。そして三十分だけ至福を味わった後、後半が始まった。

 

 

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ツアー登山の団体が3パーティいたので渋滞し、それが功を奏して呼吸が乱れる事無くカニの横バイを難なく通過し、再び平蔵のコルに降り立った。

 

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ここにはトイレがあるので、女性は安心するだろう。しかし、ここに初めて来てから丸30年、使った事もなければ中を覗いた事もない。どうやって処理しているのだろうかと思えば、怖くて中を覗けないのだ。と、使う人も少ないだろうからあくまでエマージェンシーなのだろう。

モンブランにグーテルートから登ったとき、グーテ小屋のWCには感動した。小屋は富士山より高く、劔の山頂みたいなとこに建っているのだが、WCは小屋の外にはみ出して作られていた。いわゆる金隠しの下は吹きっさらしの開放感で穴から遥か1000mくらい下が見えているのである。

自分が落としたブツは、いっきに岩壁によりそいながら等加速度落下運動を続け、どこか一カ所にとどまる事無く自然へと還ってゆくのである。なんと合理的な考えか。

と、自然保護に思いをよせる余裕等有るはずも無く、前剣へと取り付く。再び緊張を強いられる鎖場の連続。往路はまだ元気だったが、すでにパワーメーターは半分を切っており、少しの不注意で帰らぬ人となるのは容易に想像できるので、気を引き締める。

登りはスタンスやホールドがしっかりしている二級程度の場所ではビレイを取らなかったが、下りでは全鎖にしっかりビナを絡ませた。それほど、下りはヤバいのである。しかし、仮に登った後有料ヘリに迎えに来てもらったとしたら、その達成感は十分の一以下であろう。しっかり帰る場所に歩き着いてこそ、アタックが成功するのだと思う。

登りでは通らなかった前剣の頂を回り道して踏みしめ、一本。すでに足は棒のようである。しかし、まだ危険地帯は残っている。同じように出てくる鎖場。

これがテレビゲームなら、どれほど楽だろう。しかし、現実なのである。スリップして落ちたら、ファンファンという音楽が鳴るだけでもう一回チャレンジなんてできないのだ。一巻の終わり。いや、一生の終わり。オレはまだ死にたくない。

それでも、写真を撮ったり後立山(うしろたてやま)連峰の山々に想いを馳せる余裕は有った。ここは、オレの庭なのだ。焦ることはない。少しばかり離れていたが、富山はオレの第二のふるさと。

と、勝手に決めつけ生きて帰れる事を当然のように念じ続けると、一服剣の頂上だった。デポしてあったトレッキングポールを回収、ここからはのんびり歩いても絶対に剣山荘までは帰れる。

太ももやふくらはぎに張りを覚え、かなりペースダウンしながらも足下を確かめながら周囲を見渡し、時々振り返り登頂の余韻に浸りながら稜線漫歩を堪能し、剣山荘に無事到着した。

ここで問題。足がこの上なくだるいのである。呼吸は乱れていないが、やはり久々のクライミングに筋肉が緊張しているのだろう。どうしようか。思案六法。

念のためにスタッフ嬢に尋ねると、本来予約が必要な素泊まりも、本日は空いています。う、なんと言う事だ。満室ならなんの躊躇もなく歩き出したのに。

しばし観天望気と、体力判断。

別山乗越はガスってはいるものの、飛ぶようにガスは流れている。振り返った劔は晴天。

とりあえず冷えたビールで落ち着く事にする。

ノドを潤すビールの流れに、死んでいた細胞ひとつひとつが蘇るのが判った。そうか、私は迷っていただけだ。単に山小屋が存在し、シャワーが有って布団で寝られる誘惑に惑わされていただけなのだ。

歩ける。登れる。天候もまず大丈夫だ。しっかりと自覚した。

仮に雷が鳴りそうなら、大枚六千円も惜しくは無かっただろう。しかし、山の神は私に歩けと命じている。太陽神も、そのおぼつかない足取りを助けるべく、夕闇迫る雷鳥坂を照らしてやろうと言ってくれているのだ。

レーションのサラミを口に頬張りながらビールを一滴残さず流し込み、再度私は大地に立った。目指すBCまで三時間。もう危ない所等無い。ベースに帰ってこそのアタック成功。繰り返しながら、とぼとぼと黒百合のコルを目指す。

黒百合のコル。なんと美しい響きだろう。

 

星が降るあのコル グリセードで 

あの人は来るかしら 花をくわえて

アルプスの恋歌 心ときめくよ 

懐かしの岳人 優し彼の君

 

白樺にもたれるは 愛し乙女か 

黒百合の花を 胸に抱いて

アルプスの黒百合 心ときめくよ 

懐かしの岳人 優し彼の君

 

思わず、岳人の歌を口ずさむ。周りには誰もいないので、いぶかしがられる事も無い。

 

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と思っていたら、コルに近づくと大歓声が。ひょこっと顔を出すと、熊でも出たかと女性グループが途端に静かになった。

「こんにちは。ずいぶんにぎやかで楽しそうなので、思わず引き込まれて寄りました」

と挨拶すると、一斉に笑い声が弾ける。剣山荘から散歩しに来た仲良しグループなのだろう。黒百合のコルに乙女達の歓声。なんと素晴らしきシチュエーションか。疲れが一気に吹き飛んだ。

私は女性が好きだ。変な意味では無い。多分無いと思う。無いんじゃないかな。その愛嬌で、山ガラスの疲れをいつも癒してくれるからだ。カメラを向けると、微笑んでくれる人たち。

山で変な奴がいたら、私が全力で守ってやる。最近の山ガールファッションには目が白黒するが、安全な山なら良いと思う。ただ、スカートでは冷えるから、上に履く物を持って来てね。

だいぶ余力を残しつつ、ながいトラバースを別山乗越へと歩いた。すでに剣山荘で1.5Lの水は無くなっていたが、剣御前小屋で購入する予定だった。が、神の思し召し。剣沢最上部左岸の支流にある雪渓から流れ出た雪解け水が、沢となりトラバース道を通っていたのである。

 

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乾いた時の水場発見。これほど嬉しい事は、大阪ではそうそうない。全国的にも無いのではないか。すぐにペットボトルに補充すると、入れたはなからその冷たさに結露している。

三口ほど飲み干す。先ほどのビールも、この短き人生で最高に美味いと思ったものだが、それを凌駕して余り有る甘露であった。しかし、一気に飲むと腹を下すので口に含みつつそれくらいでやめておく。二つのペットボトルを満たし、名残惜しくその場を立ち去る。

私はお水が好きだ。変な意味では無い。北アルプスの岩を駆け巡って来た冷たい水のその美味さ。キタ新地や祇園のオミズなど、足下にも及ばないだろう。行った事無いのでわからないが。

ノドを潤し、小屋が見えたら一本の伝統を守り、時間をかけて別山乗越に着いた。もうここからは我が家へのいつもの帰り道である。想像通り、ガスが晴れて雷鳥のテン場も室堂も、富山平野や富山湾の夕暮れも総て見えている。

例によって休憩はせずにコルを通過。富士山の下りにそっくりなジグザグ道を、Wストックで軽快に駆け下りて行く。途中、それまで雲が遮っていた夕陽が登場した。立山三山をライトアップしながら、オレが降りる道を煌煌と照らし出してくれる。一気に明るくなり、気分も晴れやかになる。

 

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やがて立山が燃え出した。頂上では出なかった涙。何故か、ここでその紅さが琴線に触れる。六根清浄、雄山は晴天。

これは神なのか、仏なのか。実在の宗教を超越して、私の心にパワーが宿った。明らかに劔立山一帯から、生きて行くためのエネルギーが降り注いで来た。生まれて初めて真の神仏を見た瞬間だった。

もう、私は再再発して余命を告げられても、泣き叫ぶ事は無いだろう。人生、一回きり。誰でも確実に死ぬのだ。その最期を、私は笑って迎える事ができる。

14時間かかってBCに無事辿り着き、またしても入浴時間を過ぎたが許してもらい汗を流す頃には、満天の星達が私を祝福してくれた。登頂おめでとう、と北斗七星が笑っている。ありがとう。七月七日生まれの私。七星と天の川には縁が有るのか。

 

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天の川をいくつもの流れ星が横切って行く。私は一人テーブルベンチに腰掛け、いつまでもその夜空の祝宴を見上げていた。

 

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翌日は予定通り完全休養日とした。前線が通過したのか午前中は激しい雨だったが、劔アタックの疲れを取るのにはちょうど良いリズムで深い眠りに就いていた。

9/7、早朝から晴れ渡り立山三山から真砂岳までの還縦走に出発する。もう目的は遂げているので、気持ちのよいハイキングである。室堂平を散策し、一の越へと向かう。

雄山はガスで隠れているが、まあ良い。一の越の有料WCで大キジを撃つために財布を見ると小銭が無い。仕方ないので山荘で缶チューハイを購入。ほんとに仕方ない。で、WCにて百円を投入。誰も見ていないので、入れなくてもわからないと思うかもしれない。

しかし、私は立山の神仏に見守られているのだ。そんな事はお見通し、とばかり立山でスリップしたのではシャレにならない。みなさん、山を守るために有料トイレを使い、支払いましょう。昔と違い、登る人が桁違いなのだから。

 

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散歩気分で雄山に登頂。三角点から槍や薬師を撮影し、最高点に向かおうとすると、500円である。前回の明神池に続き、貧乏山ガラスには痛いのだがここまで来たのだから喜んで支払うと、なんとお祓いをしてくれた。四人で一緒に祈祷を受ける。学生の頃はそのような儀式に興味が無かったので、知らなかった。

しかし、500円でご祈祷とはえらく廉価なのでは。との大阪人的発想はここでは不要なのだろう。そのご祈祷を受けた中の一人、愛知の青年と意気投合、しばし社務所前で歓談。同じく雷鳥平にBCを構え、今日は別山乗越までフル縦走すると言う。ベースでの再会を約束し、別れる。

 

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登り終えた劔を見ながら、今までの山人生でもトップクラスの充実感で大汝山、富士折立と縦走する。もうここは3000m超えの桃源郷だ。案の定、天女が山頂に舞い降りていた。

聞けば、富山市在住の地元山ガール。山仲間の追悼で七月末に早月尾根から劔に登頂し、今日は遠くに住む山友を室堂まで迎えに来たついでに立山三山を日帰りで縦走しにきた猛者である。

 

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お互いに登った劔をバックに写真を撮り合い、素晴らしき景観に酔いしれる。抜きつ抜かれつで真砂直下まで来た後、真砂に登る私を残して彼女は足早に駆け下りて行った。本当に天女だったのではないだろうか。

 

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そう思っていたら、私のBCの真横で開催されていた立山フェスティバルの展示会で、高所服を試しに着て無邪気にはしゃいでいた。山が良いと人も良い。

 

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しばし展示会に出店しているメーカーの若者たちと山談義に興じていると、「シンガーソングハイカー 加賀谷はつみ」さんなる歌手が挨拶に来たので、ポートレートを撮って差し上げる。

あいにく愛知の青年と、BCにある私の特設BARで酒を酌み交わしたのでライブは観に行けなかったが、頑張って欲しい。近々メジャーデビューするらしいので、テレビで観る事になるかもしれない。

(注:帰宅後リサーチしたら、既に昨年デビューしてタイアップソングなどを唱っているそうです。ごめんね、無知で)

このように、アタックに全力を尽くし成功した後は、様々な良き出会いが有った。山を愛する者に、肩書きや年の差は要らない。しかし、理不尽な事をする奴には私は容赦しない。純粋に山を愛し、人を愛する。そうすれば、困難な事もいずれ解決してくれるだろう。

 

劔よ、立山よ、ただいま。そして、ありがとう。必ずまた来る。私は、絶対にその秀麗な姿を崩さないよう人々に啓蒙する。この環境を守る事が、私たち人類に宿命付けられた最大の課題だと思う。

支えてくれた総ての人たち、大自然に感謝して報告書とする。

2012.9の思い出