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山の思い出/急行きたぐにの思い出 〜583系よ永遠なれ〜

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2016.9 鉄道回想記

どうも、acsekitoriです。

急行きたぐに。この名前を聞くだけで、青春の熱きたぎりが蘇ります。大学山岳部の現役時代、剱岳へと向かう足は、必ずこの列車でした。当時は大阪発青森行きの客車列車から新潟行きの電車寝台車に代わったばかりで、A寝台・B寝台・グリーン車・指定席・自由席とバリエーションに富んだ編成は、鉄の好奇心をくすぐるには充分過ぎました。

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当時は夏山へ登るときは夜行列車で現地最寄り駅まで向かい、一番のバスで山に入って時間の有効活用をするのが常識でしたので、シーズン最盛期にはそれはそれは大混雑でした。我々苦学生はもちろん自由席でしたので、下級生が昼過ぎから大阪駅の噴水前の待合指定箇所に行き、ロープを張った長い列の最前列で交代しながら座席確保をしたものです。

これに乗り、富山駅にAM5時過ぎに富山駅に着くと、富山地鉄に乗り換えケーブルと高原バスを乗り継いでも9時過ぎには2700mの室堂に降り立てたのです。

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画像は総て廃止まで半年と迫った2011年晩秋に、わざわざこの列車の乗り納めをするために東北旅行を決行したときのものです。現役時代から幾星霜。ご覧のように平日の閑散さは筆舌尽くしがたいものがあり、廃止も止むを得ずと云った感でした。

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上からグリーン車・解放式B寝台・解放式A寝台です。寝台はプルマン式と呼ばれ、いわゆるブルートレインの線路と直角に寝るタイプと違い、線路と平行に寝られるため揺れが少なく快適でした。社会人になり余裕ができると、スキーや登山の時に熟睡できるので重宝したものです。

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このようなプレートに哀愁を感じるのは鉄ちゃんだけでしょうか。どんどん昭和が過去のものになり、画一的・効率化が優先されている現代。決してそれは鉄道だけではなく、日本人そのものにも言えるのではないでしょうか。

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なくなったものを復活させるのは容易ではありませんし、車両の劣化も激しいので最早同じ列車体系での運行は有り得ないでしょう。青森〜札幌に唯一残っていた急行のはまなすも北海道新幹線の開業に伴い廃止されてしまいました。

今は廃止原因の一つでもある夜行バスがありますが、疲労度は月とスッポンですね。いくら三列シートがあるとはいえ、やはり高速道路を突っ走るバスでは、鉄路を滑るように走る列車とは乗り心地に大きな差があります。

なんとか寝台特急サンライズの車両を使って大阪〜新潟、大阪〜長野、大阪〜九州の夜行が復活せえへんかなあ。小さな声でも、積み重なれば事が動くかもしれませんよ、みなさまがた。