雑感/遭難救助記録 〜情けは人の為ならず〜

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2016.10 過去の遭難救助記録

どうも、acsekitoriです。

死亡事故では無かったので、ブログに記します。もう32年前の話です。その夏も、毎年恒例の大学山岳部夏山合宿を、北アルプス剱岳の劔沢三田平でしていました。富山県警の山岳警備隊派出所があるところです。ここで2週間近く定着して岩壁や岩尾根を攀じ登り、後半は薬師や槍方面へ縦走する計画でした。5月の穂高新人合宿で初めてアルプスに入った新人達を、いっぱしの岳人に育てるための大事な合宿です。

その日は、3年生でCLだった私が2年生と新人を連れて八ツ峰6峰Cフェースを登った後、5.6のコルから長次郎雪渓へ降りました。すると、聞き覚えのあるコールが聞こえたのでそちらを向くと、近所の大学山岳部の知人パーティーでした。

なんやなんやと近づいてみると、関東の大学歯学部山岳部の2人パーティーが遭難していたのです。その要救助者は2名で、5年生のリーダーがシュルンド(小規模なクレバス)に転落して動けなくなったところ焦った新人が後を追うように転落したものです。

発見の端緒は、たまたますぐ近くをグリセードで降っていたパーティーが、悲鳴を聞きつけてシュルンドを覗いたとの事でした。

直ぐに協力して2人を引き上げました。幸いな事に、両名ともに意識はあり、呼び掛けにもはっきりと応えていましたので、救助の第一段階はクリアです。雪渓にツエルトを敷いて彼らを横にならせ、怪我の様子を観察しました。もちろん医療従事者では無く、消防警察でもありませんから応急手当のレベルです。

一年部員のほうは顔面出血が酷く泣きじゃくっていましたが、眉間を軽く切っただけで大した事はありませんでした。そちらの止血をウチの2年部員に任せてリーダー氏を見ると、片足のスネから下があらぬ方向へ向いていました。しかも、骨が一部飛び出しています。出血はそれほど多く無かったので、動脈の類は切れていないと判断、解放部からの感染が怖かったので清潔な三角巾を巻いた後にハイマツ2本で仮固定し、膝上をシュリンゲ(ミニロープ)で縛って止血しました。ここからは時計を見ながら緩めたり縛ったりの繰り返しです。

さすが歯医者さんの卵でチーフリーダー、かなりの激痛であろう状態でも受け応えはしっかりとしていました。街中ならここで直ぐに救急車ですが、ここは剱岳の核心部。懐のど真ん中です。今みたいに携帯電話は当然ありませんし、あったところで圏外でしょう。

我々の山岳部はトランシーバーを持参してBCのテントキーパーと定時連絡していましたので、それを使用して定時前から呼び出しました。幸い、テントキーパーの2年生が常時開局しており、早めに交信可能となりましたので、事情を説明。直ぐに山岳警備隊に代わるように命じました。

開局したまま警備隊員と話すことができて概要と現場の様子を報告。しばらくして来た返事は、県警のヘリは死亡事故と重篤者救助で出払っているので、劔沢出合までなんとか下ろして欲しい、と。そこで警備隊員に引き継ぎ、スノーボートで引っ張り上げるとの依頼を受けました。

イヤな予感はよぎりましたが、やらなしゃあない。我々のBCは劔沢上部。遭難パーティーと他大学は劔沢下部の真砂沢に拠点を置いています。顔を切った一年生を他大学に任せ、我々3人でリーダーを運ぶ事にしました。

ツエルトをスノーボート代わりにしようかと思いましたが、この時期の雪渓はスプーンカットと言い、表面がガタガタになっています。おロク様(遺体)ならまだしも、生身の人間でしかも複雑骨折しています。そんな状況下で滑り下すのは不可能です。

そうなると、おぶって降ろすしかありません。スリップして要救助者もろとも滑落しないように、ザイルをV字にして後方から2人がビレイしながらゆっくりと、しかし確実に降りました。

3人が持ち場を交代しながらいつもの10倍くらいかけてようやく無事に出合に着きましたが、警察官の姿は見えません。かろうじて交信可能だったので現況を尋ねると、その日は遭難の厄日だったらしく、隊員が宙吊り救助に大挙して臨場しており、応援が来るまで少しでも担ぎ上げて欲しい旨、再要請。イヤな予感的中です。

要救助者の状態から、躊躇している暇はありませんでした。こちらも疲れてきましたが、背中の人は足がかかっています。必死のパッチで息を切らしながら登り続けました。少し登ると狭い谷間なので、もう無線は入りません。まだかまだかと迎えの警察官を待ちわびながらBCまで半分くらいまで登ったところで、ようやく警備隊員がスノーボートを持って現れました。

ああ、これでこの苦痛から解放される。そう思って引き継ぎしようと思った瞬間です。その年配の警察官氏の口から出た言葉は今でも脳裏を離れません。

「平蔵で女子大生が落っこっちゃって意識が無いっちゃ。ちょっと行ってくるで、上まで頼むわ」

まさかの展開。しかし、こうなったらもう一緒です。交信可能場所から我々の部員を招集し、人海戦術でなんとか警備隊派出所のドクターに引き継ぎました。

その日は濃いガスで結局ヘリは来ませんでしたが、翌日派出所に遊びに行って聞いたところ翌朝直ぐにヘリで富山市のERに搬送されて治療を受け、足の切断も免れたそうです。

 

この遭難救助で役立ったのが、当時我が部のコーチをしていただいていたOBの現役消防官の先輩からの指導と、代々の諸先輩方の救助話です。これらが無ければ、現場で動揺まではしなくとも、手付かず状態で見守るだけになっていたかもしれません。

逆の立場なら、我々が救助してもらっていたでしょうし、お互い様です。このような事態に備えて、合宿初日の入山時に40kg程度のボッカをしていたおかげで乗り越える事ができましたが、普段軽量化した装備ばかりで歩いていたら、とても人を担いで登ることはできなかったでしょう。

 

この話を、救助をした自慢話には受け取らないで欲しいのです。リアルな遭難現場の状況を少しでも知ってもらい、遭難防止に役立てば、と願います。

1984年の思い出