梅と桜/私小説 〜散りゆくも 定めであらば 今日を生く〜
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2018.3.13 掌編
どうも、シバク・ドワレです。
ー梅と桜ー
君を残して逝かないって約束したよね。
僕は約束を破るのは嫌いなんだ。
でも、破らなくちゃならない約束や、つかなければいけない嘘ってのも存在するんだよ。
そりゃ、その約束を生涯続けようとしてずいぶん努力したさ。
この三年半だけでも、かなり苦しい闘いだったよ。
でもね、いちばん正面の砦だった薬が、もう使えなくなるかもしれないんだってさ。
正面を突破されると、なし崩しに本丸を攻めてくるよね、奴らは。
君が薙刀で二の丸城門辺りを守ってくれているけど、弱い殿の僕一人でいつまで天守を死守できるかわからないんだ。
どうか陥落する事の無きよう、近隣諸国の仲の良い武将達にも応援を頼まなければならなくなったね。
「まだ他の薬があるんじゃないの?」
君は開口一番にそう訊いたね。
ある事はあるさ。
でもね、最先端の技術で作られた薬のおかげで五年生存率がゼロに近いのに四年生きられたけど、他の薬は随分と昔からある薬なんだよ。
看護師長からは、終活を勧められたよ。
緩和ケア病棟がある、自宅から近い病院も探してくれるかもしれないよ。
それなら、最期まで君と一緒に居られるね。
「ねえねえ、この刺繍、うまくできた?」
君は僕の直近の不安要素を消し去るように、屈託の無い明るさで写メを送ってくれたね。
僕は最初の刺繍画像を見て、てっきり鶴かコウノトリの刺繍をしたのかと思ったら、茶葉の模様の意匠だったんだね。
どんなに悪い症状を目の当たりにしても、君は身じろぎもせずに僕を笑わせてくれるよね。
感謝しているよ。
君が側にいて顔を引っ付けてくれるから、僕は頑張ってこれたのさ。
でも、まだ心折れたわけじゃ無いよ。
君が変わらずに側にいてくれるんだから。
自宅の介護ベッドから降りて、下に敷いてある布団の中にいる君に寄り添い、君が僕の匂いを嗅ぎに来るのが幸せなひと時なのさ。
君の素足に僕の足を絡ませ、君の胸をまさぐる時、消えそうな僕の炎はまた燃え上がることができるんだよ。
右手の人差し指の爪で君の胸の柔肌にそうっと文字を書く。
「あいしてる だいじにするよ」
君は熱い吐息で応えてくれるよね。
もう言葉はいらない。
聴こえるのは君の拍動と、いつもより2オクターブは高い甘美の歌声だけさ。
歌詞はア行しか無いけど、甘く切ないそのメロディ。
それを聴かせてくれるだけで、僕の寿命はどんどん伸びるのさ。
唇を重ねようとすれば、君が照れるからいつもほっぺかアゴにKissをするね。
その頃の君の顔は、もうどんな女優の演技よりもアカデミーものさ。
いや、演技してないからそんな世俗的な賞なんか関係無いね。
僕の左手は掌を大きく広げて、君の裸の背中いっぱいに撫でてやる。
君は堪らず、僕にしがみつくよね。
これが、愛なんだよ。
二千年の昔から人の営みはこうやって持続されて、その結果僕らが存在するわけさ。
事故に遭っても
「キャンピングカー、短い命で散っちゃうかもしれないけど、どうする?」
僕が未練たっぷりにそう尋ねると君は傷心気味の僕の心を癒すように、自然体で
「遠くに行けなくなるね」
と応えてくれたね。
僕はてっきり、もう壊れたのかと叱責を受けるか、勿体無いと愚痴を呟かれるかと思っていたよ。
どうやら、君と僕の思考回路はまったく同じようにできていて、ショート寸前まではいかないようになっているみたいだね。
きっと、2人の間に不可視なケーブルが繋がっていて、間に神様がヒューズを仕掛けてくれたのさ。
危険なことが起きたら、そのヒューズが切れて大きなショートやリークにはならないんだよ、きっと。
ちぎれた心の糸を結び直すのはたいへんだけど、ヒューズはまたすぐに神様が差し換えてくださるからね。
「まだ、オートバイがあるさ。僕に力がある限りテントを積んで、それが無理なら安宿に泊まりながら旅をしよう」
「楽しそうね」
普通なら状況を鑑みて、全てを処分してベッドで寝てろと言いそうなもんだけど、君は僕の性格をいちばん良く理解してるね。
昨年の帰路で船酔いしたから、あれほど今年は行くのは嫌だと言っていた北海道も、お金と僕の体力さえあれば行きたいとも言ってくれたね。
涙が出たよ。
もちろん、嬉し涙さ。
「もうお金が無いから、大根の葉っぱを農家の人に貰って、味噌汁に入れたよ。3日連続でそれとご飯だけ食べたけど、美味しいよ〜」
僕の不甲斐なさで、治療のため仕事ができず生活費を病院から自宅へ届ける事もできない時、君は嫌味では無く本心からそう言ってくれたね。
「貧乏は慣れてるもん」
僕がオートバイやキャンピングカーを買ったり、先輩達と豪華旅行へ行った時も、君は愚痴や文句の1つも言わなかったね。
覚えているさ。
でも、本心は、僕を攻めたいのかもしれないね。
なんで貴方だけ?って。
ゴメンよ。
今はこれしか言えない。
きっと君は、僕の迫り来る死の恐怖なんか足元にも及ばないストレスを抑え込んでいるのかもしれないね。
「子供の頃、親とか姉妹から受けた仕打ちに比べれば、おいちゃんのする事なんか天国だよ。私を楽しませるためにあちこちに連れて行ってくれるし」
「うん、力の続く限り、日本の表に出ない素晴らしいところを経験させてあげる」
君は、親の搾取により成人式に向けてのお年玉貯金も無くなり、振袖も着られなかったんだよね。
観光地の安いやつしか無理かもしれないけど、必ず着させてあげるね。
その代わり、最高のシチュエーションで最高の写真を撮るさ。
京都は外国人で賑やかすぎるけど、奈良の平日は嘘のように静かなところもあるんだよ。
僕はあと3ヶ月しか持たないかもしれないし、3年生きられるかもしれない。
それは神のみぞ知ることさ。
着物を着て、二人で神社に参ろう。
今、本当に怖いのは自分が死ぬ事じゃなく、君を置いていく事なんだよ。
これからは、桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。
そんな生活はやめようね。
2018.3.13
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