病院と幽霊/闘病記 〜心霊写真などないけれど、この世に遺した念は尊崇〜
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2019.5.29 雑記
どうも、シバク・ドワレです。
いまこれを書いているのは病院の大部屋なんですが、今日は同室者が居らず、4つのベッドがある中、私だけのソロなんです。
朝いちばんに受けた点滴用ポート摘出手術の切瘡痛はあまりなくて、いや痛み出したので即座にセダペイン点滴を依頼して、それが効いてくれるおかげで痛まずに穏やかな夜を過ごしています。
病院の夜。
怖い人もいるでしょうね。
私だって、知らない古めかしい病院や閉鎖された廃墟のような病院跡の建物の夜には、近寄りたくありません。
そんな怖そうな場所では無い私の病室でも、時々誰もいないのに昔ながらの二つ折りの携帯電話を閉じる音が聞こえたり、深夜目覚めた時に何かの気配を感じることが多々あります。
それはそうでしょう。
現実に私は隣でがん患者が亡くなった事も経験していますし、重病の病棟とはそういうところなのですから。
口の堅いナース達も、総てを話すことにより恐怖心が高まる懸念からか忘れたがっているようですが、まったく心に潜めると心理的崩壊があると思うのか、夜勤での実例を少しだけ私に話してくれたりもします。
下へ続く
志半ばで旅立つならば
私は多感な少女のようには、幽霊の存在を信じてはいません。
しかし、両手を前に垂らした、或いは怒りの形相で善良な人に取り憑くような、いかにもおばけ然とした漫画のような亡霊はあり得なくとも、明らかに死者が遺した念、ある種のエネルギーの存在を感じることがあるのです。
いちばん感じたのは、最初のがんを四時間の開腹手術で切ってもらった後の、集中治療室でした。
その時は全身麻酔から醒めたようなまだ効いているような中途半端な覚醒状態でしたから、夢だったのかもしれません。
しかし未だに頭の中には、私のベッドの周りをコツコツと歩き回っている姿無き足音が、鮮明に残っています。夢ならば、翌朝の本当の目覚めとともに忘れて行っているでしょう。
その病院は第三次救急と言って、救急搬送される患者の中でも重篤な、生死に関わる人が運ばれて緊急オペを受ける公立病院でした。
ですので、そこのICU(集中治療室)で落命された方は、数限りなく存在するのです。
その時は麻酔から醒めかけたボンヤリした脳ではありますが、瞬時にそれを理解して納得したのです。それを恐怖に感じる人もいるでしょうが、私は逆にその念の塊が足音となって現出した(と思い込んだ)ことを励ましと捉え、とても安らかな気分になりました。
ひょっとしたら私と同じような若さで無念の涙を流しながら息絶えた人が、私にはもっと長生きしてほしいと想いを託したと感じたのです。
がんに限らず、病や事故などで倒れて家族を遺し旅立った方は、それは言葉では言い尽くせない悔しさがあると思います。
しかし私はそのような無念の人々が、同様に命の火が消えるかもしれず闘っている者に取り憑いて悪さをするとは、とても思えないのです。
少なくとも私がいつか訪れる臨終のあと、もし念となって現れることができるなら、力少なく及ばずとも、できる限りの生きる希望をその患者たちに与えたいと思っています。
これを最後まで読んでいただいた方の中には、これらの文言の中に怪しい宗教性を感じることがあるかもしれません。
が、これはあくまでも匿名ブログの一節であり、現実社会で説いて回る事は無いでしょう。
これらの考えは、例え愛する妻にであっても強要するものではなく、自らの心に封印するべきと思うからです。
オペを終えて独りになった病室で、ちょっとセンチになった夜でした。
2019.5.29
ご閲覧ありがとうございました。よろしければ他の記事も覗いて行ってくださいね。 自作キャンピングカーと大型オートバイを中心に、夫婦での旅記録が主な内容です。