ケモセラピー/闘病記 〜なんのためにするのか、しないとどうなるのか。その見極め〜
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2020.2.21 ケモ開始
どうも、シバク・ドワレです。
しばらく車中泊ネタを続けとりましたが、今日から三日間始まるってことで、ケモ(抗がん剤治療)について改めて考えてみます。
言わずと知れた毒薬・劇薬である抗がん剤。
化学療法の中心となるこの薬剤、もう開発されてからずいぶんと年数が経つ、がん治療の中枢をなす代物です。
巷の噂では、禿げる・吐く・下痢をする・痩せるなどなど、よろしくない副作用のイメージがつきまといますよね。
そのため、そんな毒を身体に入れるのは百害あって一利なしとばかりに、自分では絶対に受けない治療だと公言する医師もおります。
しかしながら、現代での西洋医学としてのがん治療の3つの柱は、外科手術・放射線・抗がん剤(+分子標的薬)となっております。
いわゆる標準治療と呼ばれるもので、これを受けるのがいちばん永く生きられる手段な訳であります。
が、中には身体にメスを入れるのを嫌がったり、先ほどの副作用を拒絶するあまり民間療法に走ってしまい、なんのエビデンス(証拠)も無い治療に超高額の代金を自己負担した挙句、まったくがんは小さくならない。
それどころか徐々に身体の臓器を蝕んで痛みが増えて、元のお医者さんのところへ帰っても既に手遅れ。
これは、ぜんぜん大袈裟には書いていない、普通の事象なんですよ。
特に女性に顕著なのが、手術と抗がん剤を敬遠する傾向。そら、怖いでしょう。
しかし、できてしまった悪性腫瘍を取り除くには、何十年もかけて成立しているデータを元に、医師・薬剤師による苦闘の成果である化学療法こそ救いの手なんですよ。
溺れるもの藁をもすがる。
その藁は、決して一錠何百万円も自費で買う薬剤ではなく、健康保険が適用されて月々数万円で済む、治る証拠があるクスリなんです。
がんに罹ったのは、誰のせいでもありません。
もちろん、貴方のせいでもありません。
単なる病気です。それを治すにはどうするのが最善の方法なのか。それだけのことなんです。
私は私であり、他の誰でもありません。
我が道を行く、我関せず。
その道を走るのに、最善の舗装状況を調べて走りやすいところを走っているだけです。
がんに限らず、闘病で大切なのはブレないことです。
誰かは治療をしながら働いているとしましょう。もしくは逆に、誰かは働かずに治療に専念している。
しかし、それは貴方ではない誰かです。
他人の噂やテレビの文句に流されて、踊らされる。それがいちばん身体を蝕む病魔なんではないでしょうか。
もう私は過去に幾度となく、標準治療の大切さをブログで述べてきました。
何回かコメントで、抗がん剤なんか辞めないと死にますよ、とのありがたくないアドバイスをいただき辟易したこともあります。
それを決めるのは、もちろん他人ではありません。医師でも妻でもなく、自分自身なんです。
辛く長い治療を乗り切るには、納得が必要です。誰かに強制されたりそそのかされて始めた事が、辛抱できるはずがありません。
それくらい、化学療法・ケモセラピーはシンドい治療なのは事実です。
それを断り、死を選ぶのもまた自分自身の判断でしょう。
抗がん剤をしなかったから確実に死ぬ、とは誰にも言い切れません。
しかし、奇跡は何百万分の一の確率でしか起きません。一方、ケモで永く生きられる確率はその数十倍数百倍になるのは事実です。
私は運命論者でなければ確率論でしか生きられない頭の固さも持っていない、ごく普通の小市民です。
それならば、より良い予後、つまり余生を過ごすにはどうすれば快適になるのか。
それのみを考えて、多少の辛さは我慢する。
そんな生き方を今後ともして行くでしょう。
2020.2.21
ご閲覧ありがとうございました。
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